9/15…19

9/19
なにもしない一日。図書館にも迷って行けなかった。頓服を迷わず飲めるのは良い。過去のことや先々のことを考えるけれど、どちらも暗いしどこにもいかない。動かないといけませんよって村上さんが言ってたから洗濯物畳んだ、くらい。ああしにたい!突然くる、この感情。しにたいは生きたいって、そうかもしれない。生きたい!生きたい!でもできないからしにたい!「シスターズ」観てる、オーストラリアのドラマってどこかのほほんとしている。プリーズ・ライク・ミーを思い出す。胸のざわつき。次自殺するなら高いところかな?腕はもうない‥でもショック死するくらいのところまで切ったから体感で覚えてるから誰も呼ばなければそのまま‥。ちがう、ちがう。私は生きたい。生きたいよ。


9/18
少しだけ早く起きれるようになってきた、09:30。行きたくないやりたくないと思うのは変わらない。仕事もやっと、やっとこさ終える。この仕事以外出来ることはなにもないのだから、と。病院に予約変更電話、頓服が足りないから。帰りの最期の乗り換え電車、久しぶりにアジカンを聴きながら、ゴッチのブログを読んで。ゴッチは本当にいい声をしている。この音楽を背に駆けずり回っていた約半年前まで、わたしは、フルで働けていたのに。まるで幻想みたいだ、今の自分と比べると。行きたくないとかやりたくないとかくるしいとかつらいとか泣きたいとかわめきたいとかしにたいとかそんなことばかり書いている今とは。電車の中で涙が出そうになった。わたしはこの先どうなるんだろう?Kとの関係も不安定だし、両親はいつまでも元気でいるわけではない。わたし自身が健康になって、フルで働くことしか正解はないのに。それができる気がまったくしない。こんな弱気で甘えた思考で、生きていける気がしない。どうにか逃げようと企んでいる、記憶に流されながら、自分で足枷をつけて、前に進もうとせずに。それが病気なのか?心理士さんが言っていた、出口が無くなる感じ。生きづらいのが生まれつきだとすれば、始めから他人の支えが必要な人間なんだろうか。夕焼けにアジカン、泣けてくる。しにたくなるな。しにたいと思うのが一番の甘えなんだろう。


「ユニーク・ライフ」シーズン2終わり。



9/17
休み、父親がいなくて、誰もいなくて、すぐにレンドルミン二錠で寝逃げ。すごく便利な薬‥でももう在庫はなし。


9/16
仕事、行きの電車の中、苦しい。仕事なんかできない気がする。家で寝ていたい‥。昨日は二回Kに電話して、ろくに話もできなくて。朝からざわつく‥頓服足りなそうで不安で、それなら今週行けばいいかって開き直って飲むしかない。頓服はたくさん、たくさん必要。

仕事終わって、日曜の仕事は否応がなく集中しなくてはいけないから余計なことを考えない。そういう時間が必要かと思う。終わってから思うことだけど‥行く前はいつもしんどいもんな。

夜、母親とあの子の話をして。あの子を守ったのよと言われて。それから写真、何枚かの写真。あの子が、変わらずに、そこにいた。とてもかわいかった。すごくかわいくて、涙が出た。涙は止まらない。がんばって生きて。そこにいなくてほんとうにごめんなさい。大好きだよ。

くるしい、くるしいよ。ごめんね。




9/15
考えなければそこにその考えは起きない。呪文みたいに唱えないと、もう、だめだ。すぐ思い出してしまう。カウンセリング、もっと早くに予約するんだった、このままではつらすぎる‥記憶にやられる。話したい、話したい‥泣きたい、泣きたい、寝逃げオーバードーズ、なんでもいい、逃れたい。実家に戻れなかった時を思い出す。あれがなかったら‥二回もあの子を捨てることにはならなかった‥。でも今頃、そんなことを言っても仕方ないって、わかってるけど、もう、嫌だ、なにもしたくない、しにたい‥なんだったんだろう、いったい、わたしは‥だんだん、おかしくなってきた。今を、今、今を。大事にするんだ。そうしないことには、なにもできなくなってしまう。目の前の、日常、両親、仕事、通院、K、Eさん、それらのことを大事にするのだ。そうやって生きていかなきゃいけないのだ。もう一回、眠れるかな‥眠りたい。ただ眠りたい。被害者ヅラ下げていれば、落ち着く。死ねばいいのにって思う思考は楽だ。楽にさせてくれる。死ねばいいのに、死ねばいいのに。しにたい、しにたい。そう言っていれば、楽だ。そう思えばいいんだ。